ふにゃ
2010年5月23日の日曜日。
19年間を一緒に過ごしたふにゃが、クロと一緒に暮らすことになった。
去年の3月から、毎週病院に通っていたけど、食事療法と薬で、1年以上も頑張ってくれていた。前の日まで元気に走り回り、モリモリご飯も食べ、寝ながら私に猫キックをくらわせていたんだけど、朝方急に具合が悪くなり、そこからちょうど半日くらいだった。
余りにも突然やって来たお別れに、泣き過ぎて具合が悪くなった。吐くほど泣いた。
心臓は苦しいし、頭は痛いし、目は腫れ上がるし、声は出なくなるし、心はぺちゃんこ。
さすがの私も、寝れず食べれず動けずだった。
いつか必ず別れはやって来る。もちろん自分が先にクロの所へ行く訳には行かない。
そんな事は分かっちゃいたけど受け入れられるはずはなかった。
救いだったのは・・・、長くは苦しまなかった事と、最後は側にいてあげられた事。
よく、猫は旅立つ時に姿を消すって言うよね。だから、ふにゃにはお願いしてたんだ。
いつか旅立つ時は1人で逝くなと。必ず私がいる時にと約束してくれないかと。
歳を取って来てからや、病気をしてからは特に、それだけはとお願いしていた。
お別れの日、ご飯も食べず、水も飲まず、ふにゃはずっとテーブルの下にいた。
茶の間の横にある和室のテーブルの下から、ずっと私や父母やシェリーを見ていた。
具合が悪過ぎて、寝る事も出来なかったのかもしれないけれど、なんとなく、最後だからと、色々なものをしっかりと目に焼き付けているような気がしたのを覚えている。
そして旅立ちの30分位前、テーブルの下にいるふにゃを覗き込んで横になっていた私の所まで、ふにゃは最後の力を振り絞って自ら歩いて来た。それが歩いた最後だった。
ちゃんと約束、守ってくれたんだね。
そして私の腕の中から、ふにゃはクロの元へと旅立った。
クロと6年ぶりの再会を果たし、今頃仲良く暮らしているんだろうな。
名古屋で始めての1人暮らしをしてすぐに、私の家族になったふにゃ。ふにゃがいてくれたから、私はいつも寂しくなかった。仕事が辛い時は、家に帰れば励ましてくれた。悲しい事があった時は、側にいて慰めてくれた。落ち込んでいる時は、なぜか必ず笑わせてくれた。
本当に本当に癒してもらったよ。感謝してる。
19年間。ここまでの私の人生の約半分を共に過ごして来たふにゃは、私の娘であり、妹であり、友達だったよ。
女同士だけど、恋人でもあったね。ラブラブ
過ぎのバカップルだったよね。
現在の世界の人口は約68億人。そんなに人がいるというのに、ふにゃが私のところに来てくれた事は本当に奇跡。来てくれたから、私はいつも幸せだった。ありがとう。
そしてどんな時もいつでも一緒にいてくれてありがとう。
遠く離れていても、これからもず~~~っと一緒だよ。
ふにゃと一緒に過ごした部屋に、私はまだ15分といる事ができないんだけど、きっとふにゃは部屋でお腹を天井に向けてコロリンと寝ている気がするから、もうすぐ帰るね。また一緒に寝ようじゃないか。
そしてシェリーの事は任せろ。ふにゃの代わりに喧嘩もしとくよ(笑)
いつかクロとふにゃの住む所に行った時には、また楽しく暮らそうね。
そして最後に。ふにゃの先生とままじろうに、ふにゃに代わってお礼を言いたいです。
先生には随分と長い事、本当にお世話になりました。病院に行けばふにゃは緊張していたけど、それでもいい子にしていられたのは、先生に会うと体が楽になると信じていたからだと思います。先生の事、ふにゃは大好きでしたよ。
愛を持って最後までふにゃの事を診ていただいて、本当にありがとうございました。
ままじろうもいつも忙しくしている中、先生への伝言をお願いしたり、ふにゃの状況を伝えてもらったりして助かりました。ありがとう。いつもとても心強かったんだ。
今度、ちびっ子達との約束の、クッキーとチョコレートを持ってまた遊びに行くね。
こんな事書いたら泣くの知ってたけど。案の定、今ボロボロ泣いてるけど。
でも書いておきたかったあたいです。

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